a16z来訪記:MOMENT2023を振り返る
2023.11.07 Miwa Seki

2023年10月10日と11日の2日間にわたってMOMENT2023と題したスタートアップイベントが開かれた。経産省が全面的にバックアップをしてグローバルなVCやその有力ポートフォリオ企業が日本にやってきたのである。

イベントの2日目はいわゆる「アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)デイ」として、ベン・ホロウィッツさんをはじめとするa16zのゼネラルパートナー(GP)7人とポートフォリオ企業11社が登壇した。この日のテーマは「It’s Time to Build」である。私たちMPower Partners Fundはこの2日目のプログラムをa16zのイベントチームと共に制作する機会に恵まれた。あの日からほぼ3週間が過ぎ、まだ少し余韻が残る今、イベントを振り返り、内側からの感想を皆さんに共有しておきたいと思う。

a16z来日のいきさつ

「a16zブログ翻訳シリーズ#1:生成AI」の前書きにも記した通り、私たちMPowerとa16zが交流するきっかけは、ホロウィッツさんのご家族と私たちが個人的な知己を得たことに遡る。たまたま同じ時期に、私がホロウィッツさんの著書『What You Do Is Who You Are』を翻訳することになった(日本語版は『Who You Are(フーユーアー)君の真の言葉と行動こそが困難を生き抜くチームをつくる』)。ホロウィッツさんに直接お目にかかったのは2021年の春のことで、書籍の刊行からは1年が経っていた。そして私たちのファンドMPower Partnersが正式に産声を上げたのも、ちょうどその頃である。

コロナ禍がひと段落して日本に度々訪れるようになったホロウィッツさんだが、私たちMPowerとのお付き合いはもっぱら「遊び」が主で、仕事の話はあえてしなかったように思う。遠慮気味の私たちに、「日本のために何かできないか」と声をかけてくださったのはホロウィッツさんの方だ。

そこから日本政府とa16zのチーム、そして私たちMPowerのチームが連携して今回のイベントが実現した。だから事の発端はホロウィッツさんの日本に対する純粋な好意と友情、そして少しばかりの好奇心だったと私は思っている。ただ、これほど多くのGPやポートフォリオ企業を引き連れて来るとは予想していなかったので、これはうれしい驚きだった。

今回日本にやってきたGPたちはそれぞれ、アメリカン・ダイナミズム、AI、ゲーム、ヘルスケアというa16zの看板領域で投資を行ってきたシニアなキャピタリストたちだ。また一緒にやってきた投資先企業の多くもすでに日本に顧客を抱える有力スタートアップである。それに加えて、イベントチームとGo to Marketチームも一緒に来日した。a16zにとっても大勢で一度に来日するのははじめてのことだった。

MOMENT2023のヘッドライナー対談で、ホロウィッツさんが繰り返し伝えたメッセージ

MOMENT2023の1日目は日本のVCとグローバルなVCのパネルが中心で、それぞれが経験や市場の見方を語っていた。2日目はa16zのGPがそれぞれの担当領域について語り、ゲーム、AI、ヘルスケア分野の有力投資先の創業者のパネルとプレゼンテーションが続いた。2日にわたるイベントの動画は字幕付きで公開される予定なので、詳細はそちらを見ていただきたい。

このブログでは、イベントで取り上げられたいくつかの重要トピックや何度か繰り返されたテーマについてホロウィッツさんがどう答えたのかをまとめてみることにする。

1日目ヘッドライナー:WiL伊佐山さん × ホロウィッツさん ファイアサイドチャット

1日目の目玉はホロウィッツさんとWiL共同創業者兼CEOの伊佐山元さんとの対談である。伊佐山さんの質問には大きく3つの柱があった。

1テクノロジーへの考え方:新しいテクノロジーに対する世の中の恐れにどう対応するか。その中で投資家として新たなテクノロジーの波にどう乗るか。テクノロジー(たとえば生成AI)が格差を生んでいるのでは? VCとして環境テクノロジーへの投資をどう思うか。

「インテルのアンディ・グローブが言うように、マイクロプロセッサがいいか悪いかというのは的外れな質問で、鉄がいいか悪いかというのと同じことだ。どう使って世の中の役に立たせるか、が重要だ。変化を嫌がるのは人の常だが、歴史を見ればテクノロジーが経済全体を底上げするのは明らか。テクノロジーが好きでも嫌いでも、その進化は避けられない。ならば受け入れる方がいい」

「投資家として、適切なテクノロジー、適切なチームに正しいタイミングで投資するにはスキルが必要。AIは1940年代からあるが、投資タイミングは長いこと訪れなかった」

「格差の源泉はテクノロジーではなくグローバリゼーションなど別の要因。テクノロジーはすべての人に機会を与える。環境テクノロジーについては強気に見ている。VCの投資先としても有望である。問題は政府の政策。太陽光と蓄電技術は重要だが時間がかかる。クリーンで安全なエネルギーは原発だが、政府は後ろ向き。テクノロジーそのものはすでに存在している」

2.組織文化への考え方:組織文化をどう醸成するか。a16z文化の作り方とは。VCはともすれば尊大になりかねないが、それをどう変えていくか。

「日本の武士道から文化についての考え方を学んだ。文化とは理念ではなく、一連の行動規範である。お題目ではなく、どう行動するかが文化そのもの。企業文化も同じ。a16zでは行動を細かく規定している。たとえば起業家への尊敬をどう行動で表すか。起業家とのミーティングに遅れたら罰金。投資をお断りする場合には必ず一定の時間内にフィードバックを添えて折りかえす。投資しようがしまいが、起業家を公に批判しない。起業家の夢を殺さず、サポートするのが仕事だから。私はa16zに入社する全員に対して、文化に関する1時間の研修を私が直々に行っている」

「自信と尊大さは紙一重だろう。CEOは孤独な存在で、学びながら走り、難しい決断を下さなければならない。そうした起業家・組織のリーダーが偽の自信ではなく本物の自信を持てるような組織的なプログラムがa16zにはある」

3.日本についての考え方:日本で起業家を育てるためには? 日本に必要なものは?

「日本に必要なのはお金ではなく起業家。日本にはテクノロジーの面で素晴らしい人材がいる。いい大学もある。ビジネス環境はどうか? 才能あるチームが日本でビジネスをしたいと思える環境が必要。税制を含む金銭的なインセンティブも大切。社会がスタートアップを尊敬することも必要。日本の前例偏重主義はブレークスルーを生み出す上で障害になる。前例を破るもの・こと・人を社会がありがたがる気持ちが必要。昔の日本と比べて制度がいいかどうかはどうでもいい。シンガポールや他の起業家フレンドリーな国と比べて制度や環境がいいかどうかが重要」

「外からの刺激は大切。a16zでは日本のVCからインターンを受け入れている」

2日目ヘッドライナー:西村経済産業大臣 × ホロウィッツさん 対談

西村大臣:日本社会の意識が大きく変化している。起業も増えている。大企業の投資も増えている。グローバルな投資家が日本への投資を増やすことを考えている。日本の経済・スタートアップに何を期待するか? 何が足りないのか? 変化を感じるか?

ホロウィッツ:今が日本にとって起業元年になるかもしれない。地政的に見ても、中国から優秀な起業家人材が外に出ている。シンガポールはすでにクリプトと金融サービスのハブになっている。日本はアジア全体から優秀な人材を引き寄せる力がある。日本はハードウェアは強いがソフトウェアで出遅れた。だが今は再び、日本が力を発揮できる部分は大きい。

日本は文化的な土台が強固で、みんなが1つの方向を向いて前に進める。起業家文化が醸成できればさらに強くなれる。

西村大臣:日本は多様性が足りない。今は少し変わり始めている。国内のスモールサクセスに満足せずグローバルに挑戦するため、海外に人を送りはじめた。シリコンバレーにも拠点を置くが、内輪のサークルに入るのは難しい。海外派遣についてどう思うか。画一性を打破するにはどうしたらいいか?

ホロウィッツ:a16zのコンセプトはネットワークと文化。起業家と大企業や政策立案者を繋げることも私たちの仕事。そして、文化を築いて組織を作ること。そこに日本も含めて関係性を築き、新しいアイデアを交流させられる。そこで次の機会を探ることが可能になる。日本の人が外の環境に飛び込んでいき、その後日本に戻ってアイデアを伝播することを期待している。

日本政府の取り組みについても教えてほしい。どのように起業家を応援する予定か?

西村大臣:危機を乗り越えるにはイノベーションしかない。イノベーションを起こすことに注力する。イノベーションの担い手はスタートアップ。前例のない挑戦をするスタートアップに日本円で1兆円の支援を行う。ディープテック、もの作り、バイオなど、民間やVCと共に支援をしていく。大企業にも変革を促す。半導体や蓄電池などに投資してもらう。

a16zが投資先として有望と思う領域は何か? 日本で期待する分野は?

ホロウィッツ:a16zはプラットフォームとアプリケーションの両方に投資する。プラットフォームで言えばAI。教育、防衛、安全保障、バイオ、ヘルスケア、診断などの領域にはかなり期待している。正確な診断、ガンの早期発見といったディープテックとは別に、介護者や看護師の効率を上げるようなAIサービスもある。アメリカでは看護師不足が深刻。またゲームは日本の強み。生成AIはこの領域に変革をもたらす。

私たちはどう日本の助けになれるか?

西村大臣:データと計算能力の2つの要素のうち、データは日本の強み。製造現場のロボットの画像やその他データがある。ただし、様々な分野にAI人材は必要。ベンさんにはそうした起業家をサポートする人を育ててほしい。応援する人を育ててほしい。

最後に、女性起業家や日本の若者にメッセージをお願いします。

ホロウィッツ:葉隠の話をしよう。起業家精神に通じる話だ。凡庸だが忠誠心のある侍が、城が火事になった時に家系図を守るため自分の腹を切り裂いてその中に家系図を入れて家事から守ったという逸話が残っている。周囲の人はその侍の凡庸さをバカにしたり、火の中に飛び込んで家系図を守るなんて不可能だと相手にしなかったが、その侍はやり遂げた。バカにされても、不可能と言われても、凡庸な人間でも、偉大なことを成し遂げられる。そういう人が国を変え、歴史を変える。起業家も同じだ。

(注:この逸話は『Who You Are(フーユーアー)君の真の言葉と行動こそが困難を生き抜くチームをつくる』に書いてあるので、そちらをお読みいただくともっとわかりやすいと思う。同時通訳ではあまりうまく拾えていなかったので、こちらに少し書き足した)

日本に必要なのは起業家といいチーム、そしてそれをを引き寄せ育む環境―ホロウィッツさんが伝えた視点

ホロウィッツさんは2日間で3度、ステージに登場した。それとは別の場所で私たちMPowerのセッションにも登壇してくれた。合わせて4度のインタビューの中で繰り返し出てきたテーマとホロウィッツさんの考え方をここにまとめてみようと思う。ただし、これは私のフィルターを通して見たもの、聞いたことであるとお断りしておく。

「a16zは日本のスタートアップに投資するのか」―日本の参加者の一番の関心事はここにあったと思われる。ホロウィッツさんの答えは、「日本に一番必要のないのは資金だ。必要なのは起業家(The last thing Japan needs is another pool of capital. It needs entrepreneurs) 」。優秀な起業家といいチームのいるところにおのずとお金は集まる、というのが彼の持論である。だから起業家育成が先だと今回も繰り返していた。もちろん、日本のグロースキャピタルの資金ギャップについては認識している。それでもまだa16zが積極的に投資をする価値のある、潜在的に事業規模の大きなスタートアップが日本には不足していると思っているようだった。

グローバルなVCとして日本を見たとき、近年(この20年ほどだろうか)の日本は「nearly dormant(ほぼ休眠状態)」というのが、ホロウィッツさんの使った言葉である。でも希望がないわけではない。というより、とても大きな希望を持っている、とホロウィッツさんは言う。日本の人は優秀である。技術力もある。日本はとても住みやすい国である。税制や法制度、また社会文化的な慣習を含めて、起業家を育む(「embrace」という言葉を使っていた)環境さえ整えられれば、優れたチームが集まるのではないかと期待していた。

では、もしVCとして日本のスタートアップに投資するつもりが(今のところまだ)ないのだとしたら、なぜ大勢のチームを引き連れて来日したのだろう? ひとつは単純に、GPの皆さんがどこよりも日本に来たがっていたことがあると思う。自身もテクノロジーの起業家であるGPの皆さんは10年前までは仕事で頻繁に日本に来ていたのに、このところ、特にコロナ禍以降は来日の機会がなかった。だから家族連れで訪問したかった。

もうひとつは、日本の大企業や政策立案者とのネットワークを構築したかったということもあるだろう。「a16zの強みはネットワークと文化」とホロウィッツさんも言うように、投資先のグローバルなスタートアップと日本の大企業や政策立案者を繋げることは、a16zの大きな価値になる。a16zのポートフォリオ企業にとって、日本はいまだに攻略の難しい大きな市場であり、この市場の扉を開けるきっかけを彼らは求めていた。だがそれだけではないと私は思っている。

「日本はテクノロジーパワーハウスになることができる」とホロウィッツさんは言う。そして「日本のスタートアップのために私たちにできることはないか?」―ホロウィッツさんも、a16zのGPたちも、そして投資先のグローバルなスタートアップの創業者たちも、私たちにそう聞いてくれた。同じ起業家として、投資家として、純粋に日本のスタートアップエコシステムが盛り上がることを願ってくれている。そして本気で手を貸そうとしている。それが単なるリップサービスでないことを、彼らの態度と行動から感じた1週間だった。

おわりに:a16zから学んだ2つのこと

First class business in a first class way 

ホロウィッツさんがイベントの壇上で言っていた通り、a16zの文化を短く表すと「We do only first class business and only in a first class way」である(ちなみにこの言葉はJPモルガンのミッションとして有名)。この文化を体現すべく組織の中に細かな行動規範があり、ホロウィッツさん自ら全員に1時間の文化講習を行うとも言っていた。その言葉通り、GPからはじまってすべてのメンバーが非常に礼儀正しく、勤勉で、お互いへの敬意に満ちていた。シニアなGPも含めて皆さんがメールに即レスを下さる。傲慢さは露ほども感じられず、私たちに対してだけでなく起業家に対しても同じ態度なのであろうと察することができた。

ポートフォリオ企業の創業者たちもまた、このa16zの文化を踏襲しているように思えた。言行一致の文化を組織に浸透させた創業者から学ぶところは多い。振り返って、私たちなりの「first class business in a first class way」をどう追い求めたらいいのか、宿題として考えている。

多様性

a16zの共同創業者であるマーク・アンドリーセンはESGに否定的なことで有名な人物だ。a16zが対外的にダイバーシティをアピールすることはない。だがa16zは人種的にも、ジェンダー的にも非常に多様な組織である。採用でもプロモーションでも、また投資においても、バイアスを取り除く様々な仕組みを組織に取り入れている。アフリカ系アメリカ人の創業者と投資家に特化したCultural Leadership Fundも設立した。

今回来日したポートフォリオ企業の創業者のうち3人はマイノリティであり、その全員が移民である。また登壇した男性創業者の中にも移民が3人いた。GPの方も登壇した7名のうち3名がマイノリティである。登壇者たちの英語に様々なアクセントがあったのも私にとっては新鮮だった。イベントに登壇した3人の女性創業者のうち2人には、その翌日にMPowerのイベントに登壇してもらった。そちらのレポートもまとめたのでお読みいただけるとありがたい。

MPowerにダイバーシティがあるかというと、男性が1人しかいないという点で多様ではない。年齢の幅はあるものの、専門性という点でもダイバーシティが少ない。反省すべきところである。

私たち3人(松井・村上・関)はこれまで30年近く、金融業界で数少ない女性という立場で働いてきた。そのため、様々な場面で自分が唯一の女性であることに慣れてしまい、ダイバーシティーや自身のマイノリティー性に無頓着になっていたところはある。今回のイベントは、自分の麻痺した感覚を見直すいい機会になった。

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