軍民両用技術の波到来 新興企業が国の抑止力に

Yumiko Murakami

Jul 8, 2026

米実業家イーロン・マスク氏が率いる宇宙開発企業スペースXが6月12日、新規株式公開(IPO)を実施し、米国市場に上場した。上場初日の時価総額は約2兆1千億ドル(330兆円強)に上る。創業からわずか20年余りのスタートアップ(新興企業)が途方もない額をたたき出した。

米新興企業では、生成人工知能(AI)の覇権を争うオープンAIとアンソロピックも上場を申請している。両社の企業価値はいずれも1兆ドル規模に達するという。

絶対的な差

翻って日本を見れば、スタートアップ・エコシステム(新興の企業家や政府、大企業、投資家などが集まり、ビジネスを成長させる環境)の現実は対照的だ。スペースXのIPOを通じた資金調達額は約750億ドルに達した。これは新興企業を資金面で支援するベンチャーキャピタルの日本における年間投資額約3,500億円の30倍超に当たる。新興企業の資金調達を巡って日米間に絶対的な差があるのが実情だ。

30年近く前の米国ではインターネットという新しいインフラの上に、誰も想像しなかった企業が生まれた。

グーグルは1998年にスタンフォード大の学生プロジェクトとして出発し、世界の情報へのアクセスを容易にした。アマゾン・ドット・コムは書籍のネット通販で成功。やがてクラウドコンピューティング(ネットワーク経由でデータやサービスを使える仕組み)という今の経済の基盤をつくった。

当時、米大手金融機関で勤務していた私は既存の大企業がグーグルやアマゾン・ドット・コムが起こした変革を過小評価し、こうした有力新興企業が世界経済の主役になっていく様をつぶさに見た。

その後ベンチャーキャピタル事業に携わり、社会に良いインパクトを与えることを目指して研究、技術開発に取り組む新興企業と向き合い、あの時代が再現されようとしていると痛切に感じている。今回は民間と軍事双方で利用できるデュアルユースやAI、宇宙の技術が複雑に絡み合い、経済だけでなく安全保障面にも大きな影響を与えている。この点が当時と決定的に異なる。

日本勢にも機会

オープンAIとアンソロピックの上場申請はAIが「便利なツール」の段階を超え、経済や産業、安保の基盤インフラになったことを示す。スペースXも同様だ。同社の衛星通信サービス「スターリンク」はウクライナ戦争に投入され、安保確保に向けた重要インフラの一つとなっている。

新興企業が国の抑止力を支える時代が来た。軍民両用の技術を持つ新興企業の台頭で、産業と安保の秩序が同時に書き換えられようとしている。

日本勢にもチャンスはある。宇宙やエネルギー、量子技術といった先端分野で大学発の新興企業が育ちつつあり、経済安保を強化する上で重要な民間技術を支援する改正経済安全保障推進法が成立。防衛産業と関わりが薄かった新興企業と防衛省の連携強化や防衛費増への動きも出ている。

軍民両用技術を持つスタートアップのエコシステムを拡充するには、多くの課題を解決しなければならない。官公庁の調達制度は実績のある大企業を前提に設計され、実績の乏しい新興企業の参入を阻んできた。政府が新興企業の最初の顧客になる必要がある。

欧州の機関投資家は、軍民両用の防衛関連投資が持続可能な社会の実現に寄与するとみている。他方、日本の機関投資家はこうした投資への姿勢が総じて前向きとは言えない。経済産業省や金融庁に、軍民両用関連の新興企業への投資を促す指針の策定を求めたい。

学術的な業績評価が難しいとされる安保関連の研究に携わるのを、研究者がキャリア上のリスクと思いがちな状況を改めるのも重要だ。量子やAI、宇宙に関する技術自体が軍民両用である。研究段階から実装への道を明確に示す政策的な後押しが欠かせない。研究者が複数の大学や企業と雇用契約を結ぶ制度の推進や研究者の起業を支える税制の整備といった措置を政策パッケージとして打ち出すことも肝要だ。

30年近く前、ネットとソフトウエアの波に乗り遅れた代償を日本経済は長く払い続けた。今、押し寄せている軍民両用技術の波に日本は乗れるのか。答えは政府の意志と制度の中にある。

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