人にしかできない仕事とは 技術との関係問い模索を
Yumiko Murakami
Sep 3, 2025
米国の大学でコンピューターサイエンス(CS)を専攻している息子が来年いよいよ卒業を迎える。私たち家族にとって誇らしい節目となるはずなのだが、ここにきて気がかりな話が次から次へと耳に入ってくる。代表的なのは、今年卒業した1年先輩たちの多くが就職に苦戦しているという話だ。
神話の崩壊
つい数年前まで、CS専攻は無敵とまで言われ、グーグルやメタ(旧フェイスブック)、アマゾンといった米大手テクノロジー企業は才能ある若者を高待遇で奪い合っていた。
その頃の親たちは皆、子どもに「意図した計算をするためコンピューターに指示を出すプログラミングを学べば食いっぱぐれがない」と信じて疑わなかった。だが今、その神話が音を立てて崩れつつある。
背景にあるのは、ITを駆使してビジネスを展開するテクノロジー業界の構造的変化だ。人工知能(AI)の普及が進み、各企業はより少数精鋭のエンジニアを軸とした体制の構築へとかじを切っている。
対話型の生成AI「チャットGPT」が登場し、プログラムの設計図に当たるソースコードを作成するコーディング業務の多くを代替し始めた。企業が人手ではなくAIなどのツールに投資するのは、経済合理性の観点から当然の流れだ。
このため米テック大手は人員削減に動き始めた。マイクロソフト(MS)は7月、全従業員の4%弱に当たる約9千人を減らすと明らかにした。生成AI関連の投資が拡大する状況下、組織を効率化してコストを抑制する。アマゾンも6月、生成AI導入による業務の効率化に伴い、今後数年間で事務系を中心に従業員数は減る可能性があるとの見通しを示した。
実力がある学生でも履歴書がアルゴリズム(計算手法)によって機械的に選別され、面接にさえたどり着けないケースもある。
米金融大手ゴールドマン・サックスが8月初めに発表した調査結果によると、米テック業界で働く25~29歳の若年層の失業率は昨年初頭に比べて約3%上がった。これは失業率全体の伸びの4 倍以上に相当する。
加えてゴールドマン・サックスは生成AIの普及により、全米労働者の67%が最終的に職を失う可能性があるとみている。CSのスキルだけでは人材としての市場価値を担保できない時代が到来しつつある証左と言える。
足音
他方、日本では採用に当たって少子高齢化を背景に若者層優位の売り手市場が続いている。CS専攻の学生も引く手あまただ。だがこの人手不足がいつまでもテック人材の需要を保証してくれるとは限らないだろう。AIが急速に普及する中、日本においても米国と同様に淘汰の波がやってくるのは時間の問題かもしれない。
9月から始まる新学期から息子は哲学と世界史の授業を履修するという。私は少し驚いたが、本人は言う。「4年間学んだプログラミングはAIがあれば4秒でできる。人間にしかできないことがあるとしたら、それは人類の思考や歴史からの学びではないか」と。AIが人間の知能を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」に近づく足音を、彼なりに感じているのかもしれない。
ただCSを専攻したことを後悔している様子はない。むしろその知識を持った上で、「機械にはできない仕事とは何か」との問いに向き合おうとしているように見える。数千年にわたる人類の歴史によって蓄積された英知と思想、倫理、文化や人間の理性、感情といった領域は、まだAIのアルゴリズムでは分析できない領域かもしれない。
日本においても、ただ技術を学ぶことにとどまらず、若者が「なぜ技術を使うのか」「その先に何を生み出したいのか」という根源的な問いを自ら立てられるような教育が、これからますます重要になるだろう。未来を生きる若者が自分なりの視点で人間とテクノロジーの関係を問い直すこと――それこそが、AI時代において人間にしか発揮できない力を見つける端緒になるかもしれない。