年末年始、「聴書」の勧め ― 関美和が選ぶオーディオブック4選

Miwa Seki

Dec 24, 2025

年末年始の読みものを勧めるブログを毎年書いているのですが、今年は「読みもの」ではなく、「聞くもの」をお勧めしてみようと思い立ちました。

「本が売れない」と言われる中、オーディオブックの市場はこの10年で急速に拡大してきました。アメリカでは2023年に53億ドルの市場規模に達したと言われ、2033年までになんと390億ドルを超える規模に拡大すると言われています。

オーディオブックの良さは、「ながら読み」ができること。家事をしながら、運転しながら、散歩しながら、読書を楽しむことができます。そして、年齢と共に目が悪くなり、細かい文字を追うことに疲れてしまっても、耳でストーリーを追いかけられることです。

かく言う私も、もちろんオーディオブックの愛用者です。翻訳者としても、いち読者としても、私にとってオーディオブック(私の場合はオーディブルです)は欠かせないツールになっています。

英語の本の場合、私は読むよりも聞く方が早いのです(私の場合、母国語でない英語を読む速度が遅いとも言えます)。翻訳を任せられたらまず、もしオーディオブックがすでに存在する場合には「初読」のかわりに「初聴」して全体の流れを掴みます。翻訳はテキストをベースに行いますが、校が出たあとはまたオーディオブックに戻って、間違いがないか、雰囲気が合っているかをチェックします。英語の原文を耳で聴きながら、日本語の翻訳を読むことで、チェックが速く正確にできるようになることに気がつきました。これがちょっとした時短ハックになると同時に、ニュアンスの調整に役立つのです。

このやり方を続けているうちに、耳で聴く印象と、読んで感じる印象がものすごく違う場合がしばしばあることに気がつきました。これは英語のビジネス書だけではなく日本語の文芸書も同じです。オーディオブックの良し悪しは読み手の声と力量に大きく左右されます。これは翻訳も同じで、上手な翻訳が読者を引き込んで離さないように、上手な読み手は読者を本の世界に没入させることができます。

「いい本を翻訳でもっとよくすることはできない。でも、いい本を翻訳でだめにすることは簡単だ」と尊敬する翻訳者の村井章子さんはおっしゃっています。ですが、オーディオブックの場合は「いい本をもっとよくすることができる」と私は感じます。耳で聴く「聴書」は、目で文字を追う「読書」とは違う体験ができるのです。耳を使っている間は視野が解放されるためか、視覚的なイメージが大きく広がります。声の大小、息遣い、声色、方言やアクセントの使い分けによって、本の中のキャラクターが立体的に目の前に浮かび上がってくるのです。そして読み手のキャラクターとその本の魅力が完璧にマッチした時、特別な「聴書体験」が生まれる感覚を覚えます。

そんな特別な「聴書体験」ができる本を、この冬休みに皆さんにお勧めしたいと思います。

・『国宝』吉田修一 (ナレーション:尾上菊之助)

尾上菊之助さんの読む「国宝」は一聴の価値ありです。オーディブルのレーティングは文句なしの星5つ。歌舞伎の演目の場面はもちろん、長崎弁、大阪弁、東京の標準語を完璧に使い分け、女性の声も男性の声もリアルに聞かせる菊五郎さんのナレーションを通して、特別な時間を共有できます。映画には登場しない重要なキャラクターを菊之助さんが見事に演じている点にご注目ください。特別音声版では、舞台を見る感覚で菊之助さんの演技を耳で堪能できます。お値段も単行本に比べるとお得です。

・『板上に咲く』原田マハ (ナレーション:渡辺エリ)

渡辺エリさんの東北弁が耳に心地よく、棟方とその妻のやさしい関係が際立って心に残ります。有名俳優さんがナレーションを務める文芸書は最近増えてきましたが、中でも渡辺エリさんのナレーションは秀逸でした。同じ原田マハさんの『リボルバー』のナレーションは俳優の中谷美紀さんが務めていて、こちらもお勧めです。フランス語と日本語のミックス部分では主人公と中谷さんの凛とした佇まいが重なり合って頭の中で想像が広がりました。

・『Hillbily Elegy』J.D. Vance (ナレーション:J.D. Vance)

海外のオーディオブックは著者本人がナレーションをしていることが少なくありません。ノンフィクションは特にその傾向があるようです。そうした「本人ナレーション」本の中でも、現アメリカ副大統領のJ.D. Vanceがナレーションを務める『Hillbily Elegy』は出色です。この本が出版されたのは2016年、J.D. Vanceはまだ無名の弁護士でした。それから8年後に彼が副大統領になるとは、誰が予想したでしょう。アメリカの分断を個人の体験からありありと描き出したこの本を、後に副大統領となる人物が読んでいる点で、一聴の価値があります。それ以上に、このナレーションを聴いたあとは、メディアでしか触れることのない(人付き合いの苦手そうな)Vance副大統領への印象が変わるはずです。

・『Project Hail Mary』Andy Weir (ナレーション:Ray Porter)

こちらは、2022年のAudio Book of the Yearに輝いたSFコメディの傑作です。ナレーターのRay Porterさんはカナダ人の俳優で、数多くのSF作品やハードボイルド作品のオーディオブックのナレーターを務めています。2021年に出版された『Project Hail Mary』のナレーションで大ブレイクし、カルト的な人気者となりました。Ray Porterがナレーションした本ばかりを探して読むオーディオブックファンもいるほどです。この作品は(ネタバレ)地球語を話さない宇宙人のロッキーと主人公のやり取りが肝で、ユーモアとハラハラドキドキの展開を見事に声で表現したナレーションに大いに笑い、そして泣かされました。2026年にはライアン・ゴスリング主演でスクリーンに登場するそうです。

皆さま、どうぞ良いお年を!来年もまた面白い本を皆さまにご紹介できればと思います。

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