市川祐子氏×関美和:ESGの「やらされ感」をなくすには【ESG対談・前編】
2022.12.07

2022年9月に発売された『ESG投資で激変!2030年 会社員の未来』。この本では、「なぜESGが必要なのか」を一般の会社員が納得できるよう、IRのプロ・市川祐子さんがわかりやすく説明しています。

本の後半にはMPower Partnersゼネラル・パートナーの関美和も登場。これまでのキャリアやミッション、MPowerの活動やDEIについて市川さんと対談しました。

今回MPowerのブログでは、その逆バージョンをお届けします。前編の本記事では「ESGのWHY」を伝える重要性やそのアプローチについて、関から市川さんに聞きました。

個人レベルでESGの経済合理性に腹落ちすることが重要

関:市川さんは2017年まで楽天でIR部長を務めておられたわけですが、当時からESGを意識されていたんでしょうか?

市川:2006年に国連がPRI(責任投資原則)を提唱して以来、海外の機関投資家からはESG関連の質問がたくさん寄せられるようになったため、個人的には意識していました。とはいえ企業としては、ESGを主要な成長戦略に位置づけていたわけではなく、ブランディングのためにCSR活動を行う程度でした。当時はまだ「善行だけどコスト」という認識が主流だったと思います。

日本でESGを耳にするようになったのは、2015年に東証のコーポレートガバナンスコードができた頃からですね。東証一部(現プライム)上場企業がガバナンスを意識し始め、楽天でもCSR活動にサステナビリティ担当の役員がついたのを機に取り組みが加速しました。

関:そこから今回の本を書くに至るまでの経緯を聞かせてください。

市川:背景には、2020年ごろからESG重視の動きがマザーズ(現グロース)市場にまで広がったという状況がありました。でも時価総額がそんなに大きくない企業にもESGが求められると、どうしても「やらされ感」が強くなりますよね。コストはかかるし、色んな部門の人に協力を仰がなきゃいけないから大変だし、情報を集めてもまとまらない。結局みんな混乱する、という状況が各所で発生していました。

その根元を辿ると、多くの人が「そもそも何のためにやるのか?」に納得していないというところに行き着いたんです。実際に当時、ESGのWHATやHOWに関する情報はたくさん出ていたんですが、WHYはあまり見当たりませんでした。

そんな経緯から、「みんなが理解すること」を目指した発信が必要だと思い始めました。トップやIR担当者だけがESGの重要性を理解していても、企業の取り組みは進みませんから。

それで、社外取締役を務める企業などで「コーポレートガバナンスとは何か?」について話すようになりました。その際に、企業を船、経営を航海にたとえて説明すると、皆さんにとても納得してもらえたんです。

簡単に説明すると、「船」である企業が上場すると船主(株主)の権利が陸の人に渡ります。当然ながら船主たちは、船がどこに向かうのか、船内で何が起こっているのか知りたいですよね。

それに応えるのがコーポレートガバナンスです。つまりガバナンスとは陸で待つ船主目線で物事を決めることであり、その報告役がIRというわけです。

船を進めるのに重要なのは、船主だけではありません。乗組員が楽しく働けるか、停泊先で迷惑をかけないか、燃料などを適切に取引できているかも重要です。つまり、長く航海を続けるためにステークホルダーといい関係を作るということですね。

こんな話から、ESGは経済合理的な観点で求められているのだと理解してもらいました。今回の本ではさらに範囲を拡大して、「それがESGに一見縁遠そうな人のキャリアや働き方にどう関係するのか」まで説明しています。

ESGは「長期的に価値を生み、リスクを回避する無形のもの」

関:私たちMPowerでもESGが経済合理性に基づいているというアプローチを採ることが多いのですが、それは数十年とか100年のスパンで見たときの話ですよね。実際に投資のリターンが欲しい人は数年かもっと短いスパンで見るわけじゃないですか。そんな相手にはどうコミュニケーションしていますか?

市川:確かに、日本の大手金融機関系のファンドマネージャーはESGに腹落ちしていないという話は聞きますね。そういう人たちは自分のキャリアの長さしか見ていないのかなという気がします。

その人たちが対峙する顧客(お金の出し手)は年金などを預ける一般の人々であり、その人生はもっと長い可能性もありますよね。今年生まれた赤ちゃんが80歳になるのは22世紀です。そのときの気候や人権の状態まで考えた投資をしないと、結局は顧客が損をしてしまう。

団塊世代の一部からは「ビジネスで人権に配慮する意味などあるのか」という声さえあります。でも、人権問題があるとテロとか戦争が起こりやすくなり仕入れコストが短期的にも長期的にも乱高下しかねないという話をすると、納得してもらえる場合が多いです。

本当は「いいことだからやる」というだけで話が通じればいいんですが、現実は「儲けるためにやる」というアプローチでいかないと進まないのかなという印象です。

関:そのアプローチはスタートアップでも同じ?

市川:スタートアップでも同じですね。「長期的な成長に必要だから」と言うと、皆さん意識が少し変わります。

私が関わる企業の人には、いつもESGとは長期的に価値を生み、リスクを回避する無形のものと言っています。特に最近は電気代が上がっているので、コスト削減につながるという話がしやすい。状況をすぐに変えるにはこのアプローチがいいと確信しています。

関:では「ESGのWHY」に納得したところで、何から手をつけたらいいのでしょう?特にミドル〜レイトステージのスタートアップのIR担当者へのアドバイスがあれば聞きたいです。

市川:長期的な価値を得るには、まずパーパスを洗い出す。そして、本質的な価値の言語化をとことん行うのが大切です。

その言語化の際にすごく大事なのが、妄想と因数分解。妄想というのは、ナラティブのようなものですね。パーパスを表現する北極星のようなシンボリックな話と、そこから生まれるビジネスの因数分解をしっかりストーリー化すること、そしてそれを社内にしつこく語り掛けるのが重要だと思います。

市川祐子氏×関美和:DEIの推進に本当に必要なもの【ESG対談・後編】へ続く)