ベンチャー・キャピタルのESG実装はなぜ難しいか: PRIの必読レポート
2022.02.16 Yumiko Murakami

ESG投資の要とされる国連の責任投資原則(PRI)に署名した世界の投資家は、2021年末で4600社を超えた。日本でも100社以上の投資家が署名をしている。ESGをめぐる議論は、現状ほとんどの場合上場企業への投資を念頭においたものである。非財務情報開示の議論を未上場市場にも適応すべきという声は上がり始めているものの、VCに特化したESG投資ガイドラインはこの世にほとんど存在しない。MPower Partnersの設立準備期に、私達も世界中のファンドを調べ上げたが、上場企業投資のケースを参考にするしかなかった。

そんな中、PRIがVCを対象にした初めてのレポートを発表したという朗報が舞い込んできた。興味のある方はぜひ全文を読んでいただきたいが、ここでは要点のみ紹介しよう。(ついでに私見も少し)

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経済成長の鍵を握るのはVC

レポートの冒頭では、金融エコシステムにおける重要な責任をVCが担っている点が強調されている。世界中の様々な国で、イノベーションを促進し雇用を創出する成長のエンジンを動かしているのはVCである。次世代の企業やビジネスリーダーに賭けるのがVCの役割。テクノロジーの進歩を促すイノベーションへの投資は、壮大な社会問題解決に繋がる。大袈裟なようだが、VCは世の中の仕組みを変える力となると考える私達の背中を押してくれる内容だ。

三つ子の魂百まで

ESG実装はリソース豊富な大企業でさえ容易ではない。ましてや創立まもない小規模なスタートアップはESGにコミットする余裕はなく、まずは目の前の商売最優先になりがちだ。しかしPRIは、VCが投資するスタートアップへなるべく早い段階でESG魂をすり込んでいくことが、より良い投資結果に繋がると指摘している。企業文化を醸成するプロセスでESGへの理解を深めることが、組織としての強靭化を促進し、更なる経済価値を生み出すとしている。すでにガチガチの企業文化が形成されている企業に、新たにESGの概念を浸透させるのは至難の業だ。

アルゴリズムのデータから偏見や人権問題が排除されるような体制を整えているか。ブロックチェーンや暗号通貨を使うための電力が排出する温暖化ガスに留意しているか。例えば、このような視点を創業3年目のスタートアップで働く一人一人が持つことが、その会社を100年間維持可能な成長に導くことになるかもしれない。まさに三つ子の魂百までなのである。

VC業界自身のESG

投資先のスタートアップにESG実践を求めるVC側のESGはどうなのか。現状はかなり厳しいとPRIは指摘している。例えば多様性という点では、男性が多数を占める金融の中でも特にVC業界の同質性の高さは顕著だ。セクハラなどの横行も深刻な現実問題である。性別のみならず社会経済的な属性に関しても多様性は乏しく、アメリカではVC業界のリーダー層の4割がハーバード大学かスタンフォード大学の二校の卒業生という統計もある。まさに学閥が牛耳る世界だ。PRIはVC業界に率先垂範の重要性を訴えており、投資をする側の多様性は投資を受ける側の多様性にも繋がるとしている。ちなみに私達は数少ない女性GPによるVCだが、今後さらに女性の投資意思決定者が増えることは、日本のスタートアップ業界の多様性と活性化に貢献すると考えている。

VCのリアル

VC業界におけるESG投資の標準的なフレームワークは存在しないが、業界内の自発的な連携は始まっている。特に欧州ではESG重視型VCは増加傾向だ。しかし明確な基準やスタートアップからの情報開示も十分でない状況下、VCが効果的に投資先のESG実装をサポートするためには、個々の状況を勘案したテイラーメイド的なアプローチが必要となる。表面的なESG認定行為に終わらせず、見かけだけESGスタートアップを資本市場に排出しないためには、VC側が投資チームの中にESG専任メンバーを抱えることが重要だ。そしてそのメンバーの見解は投資意思決定プロセスに反映されなければならない。しかし現実は、VCの多くは小規模組織であるためESG専任メンバーを雇うことが難しく、比較的ジュニアなスタッフが片手間にESG担当となるケースが目立つ。MPower Partnersでは、幸いにも素晴らしいESG専門家をメンバーとして迎えることができた。それでもESG実装は至難の業だ。PRIが指摘する通り、投資先へのESG促進活動は途轍もない労力と時間とコミットメントを要する。ESG投資という言葉を掲げるのは容易だが、言うは易く行うは難し、なのである。

目の前の壁

VC業界におけるESG投資の課題は多い。まず、ESGのもたらす経済合理性はリスクの高いスタートアップ投資には適応しないという認識は業界全体で今だに強く残る。PEとは異なり、投資先にとって少数株主になる可能性が高いVCは、スタートアップに対し強硬な要求をすることが難しい。多くの場合投資先から、友好的かつ寛容な関係を維持することが期待され、ESG実装の要求も容易でない。さらに、VCファンドに資金提供する投資家がVC側のESG投資実行能力を的確に判断することは極めて困難である。VC業界に特化したESG投資評価軸が不明瞭な現状が、これらの課題を難しさの根底にある。

今後のステップ

これらの課題解決に向けて、PRIが今後が取り組む活動を紹介する。

*PRI署名投資家の理解を深める。

*ベストプラクティスの共有。

*アセットオーナーとVCとの対話。

*VC業界におけるESG投資基準の標準化。

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大変示唆に富んだレポートで、何度も頷きながら読ませていただいた。VC業界におけるESG投資は、試行錯誤を繰り返しながら、少しずつではあるが着実に前進している。MPower Partnersでもポートフォリオの会社から毎日多くを学ばさせていただいている。様々な気づきをこちらのブログで今後紹介していきたい。