脱炭素、一足飛びに進まず 段階的移行へ日本の知見を
2022.10.21 Yumiko Murakami

この記事は、弊社ゼネラル・パートナーの村上由美子が10月7日以降の各新聞に寄稿したものです。

ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、世界的な燃料価格の上昇に拍車がかかり、エネルギー危機が深刻化している。特にロシア産燃料への依存度が高い欧州では、ロシアの天然ガス供給削減で、冬場の需要のピーク時に配給制や計画停電の実施に追い込まれかねないとの懸念も出てきた。

 ▽エネルギー危機

 さらに、風力の不足などにより、再生可能エネルギーの供給量も減った。欧州経済がエネルギー不足で深刻な打撃を受けるのは必至であり、景気の後退局面入りが取り沙汰されている。

 欧州連合(EU)は脱炭素社会の実現に向けたロードマップ(工程表)づくりを先導してきたが、一枚岩ではない実情もあらわになった。温暖化の抑制につながる〝グリーンな投資先〟を分類する制度「タクソノミー」の対象に、大量の放射性廃棄物を出し、環境破壊の恐れがある原発と、温室効果ガスを排出する天然ガスを一定の条件下で加える方針を決めたが、その過程で域内の意見が大きく割れた。

 同時に、EUの多くの国はエネルギーの供給減によって、政策の見直しを強いられている。ドイツは2022年末に予定していた原発の全面稼働停止を23年4月へ延期する方針を発表。大量の温室効果ガスを排出する石炭火力発電所については30年までの全廃を打ち出していたが、軌道修正し、稼働延長を決めた。

 英国も年内に閉鎖する予定だった石炭火力発電所を23年3月まで動かすべく、政府が交渉を始めている。

 このように脱炭素社会の実現に向けた動きが一足飛びに進まない現状を踏まえ、トランジション(移行)段階を経た上で実現を図るアプローチを強く支持してきたのは日本である。

 エネルギー危機を契機に、欧州でさえも移行に必要な技術や投融資(移行金融)の重要性を再認識する流れが台頭してきた。その底流には、技術や資金を投じる対象となる事業の選定に当たって、単にグリーンか否かではなく、温室効果ガス排出削減の進捗(しんちょく)度も勘案すべきだとする視点がある。

 ガスを大量に出す産業で、燃料転換などを通じた低炭素技術や有効な省エネ技術を多く開発した日本の知見が今後、国際社会でさらに必要とされるのではないか。

 具体的には、電気自動車や再生エネルギーに代表される脱炭素技術への取り組みと同時に「今できること」として、高効率の発電設備をはじめとした移行技術を導入し、排出を最大限抑えるというアプローチだ。

 ▽金融の役割重要

 50年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルへの道は、国や業種の特性から多様な工程表が必要になる。実質ゼロの目標は共有しつつも、それぞれの置かれた状況下、現時点で可能な限りの行動を取るための技術や設備導入に要する移行金融を根付かせる上で、日本の役割は大きい。

 移行金融は途上国で特に重要な意味を持つ。経済の成熟度が違うため、排出削減の進展度合いや国ごとに異なる気候変動対策の効果などに配慮しながら、低炭素社会への移行を段階的に進めていく必要があるからだ。

 今回のエネルギー危機の影響は途上国において顕著である。財政基盤が弱い国では燃料高に起因するインフレへの対策を十分打ち出せず、社会不安につながりかねない。

 バングラデシュでは断続的に停電が起き、学校は登校日を減らしたり、企業が営業時間の短縮に追い込まれたりしている。記録的な洪水に見舞われたパキスタンでも、燃料や食料の不足が混乱を深めた。

 貧困が人命を脅かすような状況にある途上国で着実に脱炭素を進めていくには、移行金融を活用した工程表をつくることが肝要となる。移行金融の有効性は広く認識されつつあるが、普及に向けた環境整備はこれからである。長期的な脱炭素戦略との整合性が担保された形で資金が供給されるには、実効性の高い国際的なガイドライン(指針)が必要だ。

 エネルギー危機によって窮地に立たされた今こそ、迅速な行動が求められる。日本が国際社会と緊密に連携しながら、移行金融に関する包括的な指針の策定に積極的に関わっていくことを期待したい。