新興企業は技術革新の旗手分野横断的な支援策を
2022.07.11 Yumiko Murakami

この記事は、弊社ゼネラル・パートナーの村上由美子が7月8日(金)発行の各新聞に寄稿したものです。

日本を含む多くの国々がスタートアップ(新興企業)の育成を重要な経済政策として掲げている。世界経済を牽引(けんいん)する米国で「GAFA」と呼ばれる巨大IT企業に代表される新興勢力が、成長の原動力になってきたからだ。近年は欧州でもスタートアップの台頭が顕著で、2021年には86社のユニコーン(企業価値が10億ドル以上の非上場企業)が誕生している。

欧州の政策参考に

米国でスタートアップが立ち上がり、その中から生き残って成長する社が持続的に現れるという強靱(きょうじん)な生態系が構築された背景には、労働市場の高い流動性や、リスクを取って事業を起こす起業家精神を醸成する社会経済環境がある。半面、欧州は雇用制度が比較的硬直的で、リスクを敬遠する文化を持つ国が多く、日本の環境と類似する面がたくさんある。

21年にユニコーンが3社しか誕生しなかった日本で、今後スタートアップを積極的に育成するのに当たり、欧州の政策は参考になるのではないか。いくつかの事例を紹介したい。

フランスは国策としてスタートアップ支援を通じたイノベーション(技術革新)の促進に力を入れている。税金が控除される投資プログラムは小口投資も可能で、全ての納税者が参加できる。政府が承認したベンチャーキャピタル(投資会社)を介して、個人投資家の資金が企業側に流れる税制上の優遇措置だ。

このプログラムを通して00年から17年の間に約2兆円がスタートアップに投資され、フランス国内のベンチャーキャピタルも300社に増えた。こうした投資をきっかけに、多くの国民が起業家を応援する機運を高めることにつながっている。25年までにフランスから25社のユニコーンを輩出するというマクロン大統領の目標は、早くも今年1月に達成された。

バルト海の小国エストニアは、スタートアップ大国として存在感を高めている。政府は起業促進と行政手続きのデジタル化戦略を統合的に進めた。特に注力したのは、世界中の起業家や投資家を呼び込むことだ。

17年には、欧州連合(EU)以外の起業家にもビザを発行する制度を導入した。19年までの2年間で千人以上の起業家が各国から応募し、そのうち281人が発行を受けている。エストニアに住んでいなくても市民権が得られる電子国民プログラムを開始し、海外から銀行口座を開くことも可能だ。

起業の壁低く

小国だからこそ、成長の機会を世界市場に求めるマインドと、幼少時からのデジタルスキル習得を教育制度に組み込んでいる。

近年スタートアップのハブとして注目されているのがポルトガルだ。起業に関する全ての手続きをオンラインで、かつワンストップで完結できる「起業家デスク」という仕組みを11年に導入した。それまでは平均83種類の文書を用意し、6種類の異なる申請を四つの省庁に11回持ち込んで、やっと創業できた。

ポルトガル政府は煩雑な手続きの徹底的な簡素化、効率化を図ることで起業の壁を低くした。11年に2千件だった起業家デスク関連の案件は19年に8万件に急増し、さらに広範囲の行政をカバーする新たな政府の試みに発展。同国のデジタル化に大きく貢献している。

日本にはイノベーションを生み出すのに必要な基本条件が、多くそろっている。豊富な資金やトップクラスの研究開発力、勤勉で高い教育を受けた国民といった要素だ。

イノベーション創出の重要な担い手であるスタートアップを効果的に支援するには、欧州に学びながら、規制や教育、税制など多岐にわたる分野を横断的に網羅する施策を講じるべきだ。

政府は参入障壁をできるだけ排除すると同時に、労働市場の流動性を高めつつ、失敗した起業家が再起しやすい環境を整備することが重要な課題となる。

対象は起業家だけではない。スタートアップへの好意的なイメージを社会全体に浸透させる啓蒙(けいもう)活動に取り組み、年齢層にかかわらず、多くの人々の起業意欲を高めるべきである。日本がスタートアップ大国と呼ばれる日が近づいていると期待したい。